宇川の河口の沖から見ると、上野の集落がある台地が見えます。遠くには太鼓山の発電風車まで見通せます。太鼓山は、今から2000万年ほど前にユーラシア大陸の縁で噴火していた火山の溶岩でできています。黒っぽい安山岩や玄武岩が発電風車に近づく道路沿いで見られます。
 上野の台地は海岸段丘です。波に削られて平らになった昔の浅い海底が海上に姿を現したものです。今から12万年ほど前、地球上が暖かかった間氷期に海面も高くなっていましたが、その時の海底が、その後の地殻変動の影響も受けて隆起したものと考えられています。ちなみに、この当時の海は、竹野川沿いに内陸にまで入り込んだようで、弥栄町黒部では海にすむ貝の化石が見つかる地層があります。
 上野や平、此代に広がる海岸段丘の海食崖がつくる絶壁や海中の岩場などが、景勝「丹後松島」をつくっています。
<上野の海岸段丘>





 犬が岬は安山岩からできていて、この安山岩は南の依遅ヶ尾山まで続いています。犬ヶ岬でも柱状節理が見事です。1400万年ほど前に噴出した溶岩です。
 海食崖がつくる岩場は釣りのポイントにもなっています。また、海食崖の表には、周りの石より少し光ったように見える部分もあります。断層運動か崩落のために、岩がそこで滑った跡でしょう。海食洞もいくつかあります。


 犬ヶ岬を回りこむと筆石の沖にかかってきます。ここは海岸段丘が見事に見えます。
 海からみると海岸段丘の縁の海食崖にまぎれて目立ちませんが、「屏風岩」も見られます。マグマが地層中に貫入した岩脈というものです。このあたりの地層は、東方の丹後層よりやや古く約1500万年前のものと考えられていて、網野層とよばれています。岩脈の時代は地層が堆積して間もなく貫入したことがわかっています。
 海岸段丘の縁の海食崖が切れるところには小さな白い砂浜があります。丹後半島の砂浜は、「白砂青松」の典型である瀬戸内海と同じように、山地の花崗岩が風化してできた砂が川を流れて海にまで運ばれてきたものです。丹後でも、竹野川の上流―弥栄町から峰山、大宮町にかけての山地は花崗岩です。花崗岩はユーラシア大陸の地下で、6000万年ほど前にマグマが冷え固まってできたものです。
<筆石の海岸段丘と「屏風岩」>


 有名な「立岩」は岩床と言って、マグマが地層の間に水平に割り込んでいって冷え固まったものです。ずいぶん広い岩床で、竹野の港の付近から立岩、丹後庁舎背後の採石場まで続くようです。マグマがゆっくり冷えて固まったので、柱状節理が見事です。周囲の地層と同じ1500万年前ころに貫入したようです。
<海上から見た立岩。背後に依遅ヶ尾山>


 ここは以前にも出てきた海食台という地形で、平らなので海藻を干したりするのにも使われるようです。網野層の時代の火砕流によってできた地層です。ここでは、船からは見えませんが、近づいて見ると、下位の地層が風船のように膨らんで上の地層の中に入り込んできた様子が見えます。「ドーム状構造」という名称がつけられています。このような構造ができるのは、推定ですが、堆積して間もない水をたくさん含んだ地層が、下から貫入してきたマグマに熱されて水が沸騰し、その圧力で上の地層の中へ膨らんでいったものでしょう。ここにも、昔の丹後の特徴であるマグマの活動の一端が見られます。このように活発だったマグマの熱の影響で、久美浜から木津、網野、掛津、中浜などの温泉がわいているのです。

「海から見たジオスポット」本文提供:小滝 篤夫

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